コラム4 なぜヒトのシグナルを研究しているのか
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大坪庸介
社会心理学を学んでいた学生時代にロバート・フランクのPassions within Reasonを読み、進化論や進化心理学の考え方に接した
集団意思決定研究と並行して心の理論や意図性推論に関する研究に着手した
ただし、サイモン・バロン=コーエンなどの著書から、心の理論が領域固有の進化の産物であるという考え方には納得していたものの、それがどうやって進化可能であるのかについては納得の行く説明がないように思われた
例えば、社会的相互作用で互いの戦略を読み合うような推論合戦の産物として高度の心の理論が進化したというマキャベリ的知性仮説は魅力的だった
ところが、ゲーム理論的に考えると、相手を出し抜くためには推論のレベルを1つ下げてもよいのだ
そうすると、推論合戦によって本当に心の理論のレベルが上っていくとは必ずしも言い切れない
そんなある時、正直なシグナルには往々にしてコストがかかっていることを指摘したアモツ・ザハヴィらの『生物進化とハンディキャップ原理』を読んで、ふとヒトのシグナルの研究でもしてみようと思った
謝罪にもコストをかけたほうが正直さが伝わるだろうというアイディアを簡単なシナリオ実験で検討してみた
この研究を2007年の人間行動進化学会(Human Behavior and Evolution Society: HBES)の大会で発表したところ、マーティン・デイリーがポスター発表を見て、実験の問題点を指摘しつつ、面白いから頑張れと励ましてくれた
シグナルとしての謝罪研究を続けているうちに謝罪する人が伝えている誠意こそ、心の理論を使って推論する対象ではないかということに気づいた
発想の転換をもたらした
心の理論は相手が隠している心の状態(搾取的な意図など)を読むために進化したと思っていたが、むしろ相手がシグナルを通じて心の状態を見せてくれている時に、それを適切に読み解くために進化したのではないか
心の理論は、心の状態を伝えようとするシグナラーと、それによって相手の心を読むマインド・リーダーの共進化の産物に違いない
このように考えたことで、謝罪だけでなくその他の対人的なシグナルについての研究も行うようになった
私は自分のことを進化心理学者だと考えているが、最近では少しずつ進化心理学の殻を破ってみたいという気持ちになってきている
例えば、HBESではあまり見かけないfMRI研究にも挑戦している
シグナル授受の神経学的基盤も知りたいから
これは現在の進化心理学に不足しているものの、本来必要な拡張だと思っている
進化心理学の目的は人間行動についてティンバーゲンの四つのなぜ(ニコ・ティンバーゲン)に答えるような研究をすることのはずだからだ
人間行動についてその機能、メカニズム、系統発生、個体発生を統合的に理解するということ
fMRI研究はメカニズムの理解を深めるために不可欠であるし、可能であれば内分泌や遺伝的基盤も探ってみたいと思う